特別対談

特別対談

私たちにとって旅する日本語は、
「ライフワーク」になるかもしれません。

特別対談

小山薫堂さん×片岡鶴太郎さん

Photo: Sadato Ishizuka

羽田空港第1旅客ターミナル2階の南北出発チェックインロビーに展示中の「旅する日本語」は、放送作家で脚本家の小山薫堂さんと、俳優で画家の片岡鶴太郎さんが、タッグを組んだ企画展。小山さんが思わず旅に出たくなる日本語をセレクトし、片岡さんが日本語と物語から想起した絵画を描いた。今回、そんなふたりが羽田空港に集い、互いの作品への想いを語り合った。

小山薫堂(以下、小山) 鶴太郎さんに「旅する日本語」の絵を依頼しようと思ったのは、数年前のお正月に鶴太郎さんの美術館がある草津ホテルに泊まって、作品をじっくり拝見したことがきっかけでした。以来ずっと、鶴太郎作品のファンだったんです。それから、吉本由美さんの『こころ歳時記』という本に鶴太郎さんが描かれた作品を拝見して、日本の四季であるとか機微を伝えるときのタッチがすごくいいなと思っていたんです。それで、鶴太郎さんにお願いしたところ、思いがけずお引き受けいただきまして、俄然やる気が湧きました。
片岡鶴太郎(以下、片岡) こちらこそ光栄です。僕はこれまで自分の描きたいものだけしか描いてこなくて、ましてエッセイや詩に合わせて描くということをしてきませんでした。今回は新たな挑戦でもあるし、刺激をいただける大きな機会だなと思い、「ぜひご一緒したい」とお返事しました。
小山 ありがとうございます。
片岡 今回の絵は挿絵のようにならないよう気をつけていました。薫堂さんの作品イメージに忠実に描くのではなく、絵として少しだけ独立していたほうが面白いかなと思ったんです。薫堂さんのエッセイを拝読したあとには、なにか音色のようなものがイメージされるんですが、その抽象的なものをどのように具現化させるかということに心を配りました。
小山 僕のほうは「鶴太郎さんなら素敵な絵を仕上げてくださるだろう」と無責任に思いながら作品をお送りしていました(笑)。たとえば、「海恕」は、具体的なイメージが見えにくいというか、モチーフをつくりにくいエッセイだったので、どんな作品が出てくるのだろうと期待をふくらませていたら、「ああ、こういった抽象的な作品なんだ」という驚きがありましたね。

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片岡 あのエッセイは、妻と喧嘩をしたあと、大空に旅立ち、小さくなった世界を空から眺めると、その喧嘩もささいなものに思えた、というような内容でしたよね。僕も同じような経験があるんです。喧嘩をした相手に、仲直りのための花を捧げたいなと思ったとき、バラだとキザになるから、チューリップを1本、手軽な感じで「じゃ、これね」と渡すようなイメージが広がりました。それでチューリップを描いたんです。薫堂さんのエッセイは、1本の映画のように、ストーリーが映像として目に浮かぶんです。それを、1枚の絵に表現するために試行錯誤する時間は、実に贅沢で楽しいものでした。
小山 僕は羽田空港の国内線ロビーの巨大な作品になったことが、とても面白いと思うんです。
片岡 まさに玄関、入り口であるわけですからね。旅を待つワクワクした状況のなかで、僕たちの作品を鑑賞いただいて、「私たちはどんな旅になるのかしら」という期待を膨らませて、フライトを楽しんでいただければこれほど嬉しいことはないですね。そういえば、薫堂さんはどんな場所で創作をするんですか。
小山 実は今回は飛行機のなかだったんです。先ほどの「海恕」のストーリーなどは、まさにそれ。文字数の制限があるなかで、俳句のようにシンプルに、読めば読むほど、味わえば味わうほど、旨味が出てくるといった作品になればいいかなと考えていました。

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片岡 言葉と絵がコラボレーションできていることもポイントですよね。俳画や文人画の世界だと、書と絵が一緒になる書画同一の作品がありますし、武者小路実篤も書と絵が語り合うような作品をつくっている。そんな日本独自の書画の世界を、この作品でも表現したいと思っていたんです。
小山 限られた文字数のなかで、どれだけ物語性を実現できるかということは、僕にとっても大きな挑戦でした。でも、自分でも意外なほどに面白かった。挑戦してみてよかったと、心から思います。
片岡 僕もこのお仕事をさせていただいて、とても楽しかった。新たな表現の形として、また薫堂さんとご一緒したいと思っています。今後はこの経験を活かして、万葉集をはじめ色々な人の句から触発された世界観を絵で表現していこうとも思っています。薫堂さんがエッセイを書くことに対して憧れもあるものですから、自分でエッセイなどを書いて、絵を添える作品も描いてみたいですね。
小山 最後にひとつだけいいですか。対談をしていてひらめいたんですが、旅する日本語を今後、ライフワークとして続けていくのはどうでしょう。昔の歌人たちは、自分の詠んだ歌を石碑に遺していたりするじゃないですか。それと似たようなことをするんです。たとえば鶴太郎さんが北海道の襟裳岬に行って、そこでひらめいた絵を描かれて、今度は僕がそこに行って、ショートストーリーを書く。それを合体させた作品を町に贈るという。もちろん、ふたりで一緒に旅をしてもいい。来てほしいという要望のある全国の自治体に出かけていって、石碑ではないですが、旅する日本語展と同じようなものを設置してくださいとお願いする。このアイデアいかがでしょう。
片岡 大賛成、大賛成です。これからもずっと「旅する日本語」を続けていきましょう。

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