コラム

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株式会社 竹中工務店

私にとって旅とは、
「人生の喜びに触れること」です。

公益財団法人 竹中大工道具館 館長

赤尾建藏さん

Photo: Sadato Ishizuka

 「私は好奇心の固まりなんです。だから旅に出るのなら、とにかく自分の知らないことを体験したい。チベット、タイ、カンボジア、ベトナムなど、時間さえあれば、世界中の建築を観たり、民族の生活が残る場所を訪れたりしています」と語るのは、竹中大工道具館の館長、赤尾建藏さんだ。新幹線の新神戸駅に隣接する同館は、電動化により失われつつある大工道具を収集・展示する日本で唯一のミュージアム。約33000点にもおよぶ収蔵品のなかには、日本だけでなく中国やドイツの大工道具もあり、そのうち1000点ほどが常設展示されている。実際に手に触れながら木組みの仕組みを理解したり、種類によって異なる木の香りを感じられるなど、五感を通して日本の木の文化を体験できるのも特徴だ。そのほか、企画展や講演会、出張授業、体験教室などのイベントを定期的に開催している。

 そんな赤尾さんが竹中工務店の設計部時代から情熱を注ぐNPO法人AAFの活動がある。それが、ネパールのフィリムという小さな村に学校を建設し、運営すること。「以前、土着建築を研究するために、チベットを旅したときのことです。歴史や文化、生活習慣のちがいにも驚きましたが、なにより彼らの純粋な信仰心に感銘を受けました。そんなチベットの人から〝あなた方は何のために生きているのか、あなた方の人生の喜びとは何なのか〟と問いかけられたんです」。帰国したあともその問いが心に焼き付いて離れなかった赤尾さんは、「設計者として何か社会に貢献できることはないか」と考える日々を送っていたという。
アジアの貧しい子どもたちの厳しい現状を目にしてきた赤尾さんが選んだのは、学校建設だった。「当時、100万円あれば2つの教室を備えた学校を1棟つくることができるという話を聞いていたんです。その額なら、頑張れば工面できると思い、部下や周りの人間に声をかけてみたんです。ところがそれがある意味とんでもない間違いでした(笑)。活動を始めてみたものの、学校を建てる場所を選ぶだけで3年もかかってしまいました」。

株式会社 竹中工務店

その後、赤尾さんのいた設計部の部門にネパールからの研究生が入ったことをきっかけに、フィリム村に学校を建てることが決まった。「実は、今から考えたらとんでもない場所を選んでしまったようなんです。フィリム村は僻地も僻地。首都のカトマンズから車で6時間走ったあと、そこから3日〜4日の距離を歩いて行かなければならない場所だったんです。しかし、今では12時間歩き続けて、2日で村までたどり着けるようになりました」。標高が1500mを超える高地で、人の住む村落もまばらな山道を数日かけて歩く苦労は、並大抵のものではないだろう。「現地の事情を最初に知っていればそんな選択はしませんでしたね。当時は、とにかくその土地の人を助けたいという一心でした」と赤尾さんは笑う。

 1999年のフィリム村への視察以来、赤尾さんと仲間たちは毎年のように同地に通い続けてきた。「プロジェクトには、資金面の問題をはじめ、さまざまな問題が山積していました。大切な労働力である子どもを通学させたがらない親たちの説得からはじめなければなりませんでした」と当時の苦労を語る赤尾さん。その努力のかいもあって、2003年についに学校が竣工、開校を迎えた。現在では、学校だけでなく、周辺の村々から数日かけて歩いて来る子どもたちを泊めるための寄宿舎や食堂などもあるという。「現在の学生数は約400人、そのうち約130人が寮に入っています。大学へ行く生徒も増え、大学卒業後に村に教師として戻ってきた生徒もいます」。赤尾さんのネパール訪問はすでに40回を超えた。今でも体力維持のために、ネパール訪問前の数ヵ月前から足に重りをつけて足腰を鍛えているという。美しいヒマラヤ山脈に囲まれたネパール盆地をフィリム村まで歩き続ける道のりは、あるいは赤尾さんにとって〝人生の喜び〟を見つけるための巡礼の道であるのかもしれない。

株式会社 竹中工務店が選んだ 旅する日本語

「道々」みちみち

私はいつも、
葉書と万年筆を持って旅に出る。
旅先で心が見つけた言葉を
移動の合間にしたためるのだ。
旅の途中だからこそ出会えた
心の中に眠っていた言の葉たち。
葉書の宛先は……自分自身。

【みち・みち】何処かへ向かう移動時間を利用して何かをする様子

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