コラム

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私にとって旅とは、
「琴線に触れたものを心に刻むこと」です。

株式会社 梓設計
有吉スタジオ 主任

佐田一恵さん

Photo: Sadato Ishizuka

 「空港は、あくまで通過するための施設です。でも、だからこそ一瞬で人を笑顔にできるよう設計されているんです」と話してくれたのは、梓設計の有吉スタジオ主任である佐田一恵さん。「私が所属しているのは、航空ドメインと呼ばれているチームで、空港のターミナルだけでなく、格納庫や管制塔といった、空港内のありとあらゆるものに関わらせていただいています」。佐田さんの勤める梓設計は、日本でも屈指の総合設計事務所。空港はもとより、オフィスビルや複合商業施設、病院、庁舎、学校などを幅広く手がけている。「空港建築に共通しているのは、これから旅に出る高揚感を施設にいる短い時間で感じられるように考えられていることです。たとえば、はじめに訪れるチェックインロビーは、開放感のある巨大な空間。一方、飛行機に搭乗する直前のゲートラウンジは、天井も低く落ち着いた雰囲気ですが、一面ガラス張りにして、すごくドラマチックに飛行機が見えるよう設計されています。短い滞在時間のなかで、いかに人を楽しませられるか工夫を凝らすところが空港建築の面白いところですね」。

 そんな佐田さんは「暇があれば旅行をしたい」というくらいの旅好き。今でも2カ月に一度は、旅に出かけているという。「私が旅行好きになったのは、父親がきっかけです。父親がすごく旅が好きで、子どものころは、ゴールデンウィーク、夏休み、お正月と年に3回も旅に出ていました」。佐田さんが設計を仕事に選んだのも、「建築士であった父親が旅先で寺社仏閣や、美術館などに連れて行ってくれた」ことも影響しているという。「現代の建築は、光を取り入れた明快なものが多いんですが、私は、戦後に活躍された前川國男さんや、丹下健三さん、坂倉準三さんといった方々のコンクリートやレンガを使った陰影のある建築が好きなんです。それは、子どものころに見た建築のイメージが記憶に刻まれているからかもしれません」。

株式会社 梓設計

 やがて、父親の跡を追うように建築学科の学生となった佐田さんは、スペイン、スイス、スウェーデン、デンマーク、イタリアと2回のヨーロッパ旅行で、有名建築を精力的に見学して回った。「学生時代にインプットした情報は、すごく大切なものになっています。アイデアを提案するときや、デザインを描く際に、当時の記憶がふっと頭に思い浮かんだりするんです」。社会人になり、海外での仕事や視察など、海外旅行が身近なものになるにつれ、「学生のころのように、がむしゃらに情報をインプットするだけではなく、旅そのものを楽しめるようになった」と佐田さんは言う。その結果、学生のころには見つけ出せなかった何気ない日常の風景にも魅力を感じるようになってきた。「今年の5月に訪れたバリ島では、地元の風土に合った開放的なファサードに惹かれたり、海がきれいだなと感激したり、人びとの笑顔が心に残るようになったりするようになりました。そのすべてが仕事につながるわけではありませんが、自然に身を置く心地よさをイメージとして伝えられるようになるなど、参考にできる部分がありますね」。

 現在、3歳になる男の子を育てている佐田さんは、積極的に子どもを伴い旅をしている。「3歳という年齢は、旅の情景がまだ記憶に残るかどうかという時期ですが、その土地の空気感やちょっとしたエピソードを覚えていてくれたら嬉しいですね。それが、息子にとって幸せな記憶になるのではないかと思います」。父から娘へ、そして母から息子へと、佐田さんたちの〝旅の記憶〞は、この先も大切な遺産として刻み込まれていくことだろう。 

株式会社 梓設計が選んだ 旅する日本語

「花信」かしん

空港の到着ロビーにいると
旅を終えた人々の声が聞こえて来る。
スキー板を担いだ人が
「やっぱり東京はあったかいね」
と言う。
桜の枝を手にした人が
「やっぱり東京は寒いね」
と言う。
北ではまだ雪が舞い、
南ではどうやら桜が咲いたらしい。
ここは、冬と春が交わる季節の交差点。

【か・しん】花が咲いたという知らせ

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