
潔白の証し
父が会社員だった時、父の会社では毎年社員旅行があった。出不精の父だったけれど、社員旅行だけは欠かさず参加していたと思う。旅行のお土産はお菓子一箱か海辺ならお手軽干物セットのようなありきたりのものが多かった。
ある旅行の年、父が帰宅すると母が大きな声で私を呼んだ。
「ちょっと、お父さんがこんなもの買ってきたよ!」
大きな箱を開いた中には、大きな獅子の置物が入っていた。
「何これ?名物なの?」
「ううん、違うけど、これはお父さんの潔白の証しなんだって。」
「ふーん。」
それは、とてもじゃないけどかわいいとは言えなかったし、まだ小学生だった私はお菓子じゃなかったことにがっかりしただけで、わざわざ呼ばれて見せられても何の関心も持てなかった。
その時の社員旅行の行く先が有名な温泉街で、夜、同僚の男性たちが近くの歓楽街に繰り出す中、一緒に行くのを断った父がひとりで街に散歩に出て買ってきたのだと教えてもらったのは、私が少し大人になってからの話。
獅子の置物は40年以上経った今も、床の間に誇らしげに座っている。
会社一筋で、遊ぶことなどほとんどしなかった父だったけれど、古い旅行の写真の中で楽しそうに笑っているのを見ると、義理で仕方なく行ってたわけでもないんだな、と少し嬉しい。
「それにしても、こんな重いものをよく背負って帰ってきたもんだわ。」
獅子を見るたび、母はいまだにそうつぶやいている。