旅する日本語展2017

コラム07

株式会社関電工

株式会社関電工 常務執行役員 営業統轄本部副本部長

飯田暢浩(いいだ のぶひろ)さん

2017.10.31

株式会社関電工

私にとって旅とは、
「絆を再確認する機会」です

仕事が忙しく、普段はなかなか家族との時間を共有できない。そんな世のお父さん方にとって、たまの休みに家族を旅に連れていくことが持つ意味とは何なのか。「旅先を巡るなかでの家族とのたわいもない会話や笑顔に癒されます」と語る飯田暢浩さん(株式会社関電工)にとっての旅とは?

 これから旅に赴く人、あるいは旅を終えて帰ってきた人、一人ひとりの想いが去来する羽田空港。ある人はこれから始まる旅のドラマに期待に胸膨らませ、またある人は旅の余韻に浸りながらゲートをくぐる。いわば空港とは、旅のワンシーンを彩る大切な舞台装置の場。この舞台づくりを担っている会社が株式会社関電工だ。日本屈指の総合設備企業として、人々が住みよい環境で過ごせるよう、電気・情報通信・空調などあらゆる設備構築を手掛けている同社。そのなかで飯田暢浩(いいだ・のぶひろ)さんは、営業一筋30年というスペシャリストだ。「平成5年に竣工した羽田空港第一ターミナル建設の際の営業担当の一人でした」と語るように、それだけに空港に対する想い入れは深い。「空港を巡るのが楽しくてつい搭乗時間を忘れてしまい、搭乗ゲートまで息を切らしながら走ってギリギリ間に合った、ということがありました」と豪快に笑う。

旅のエピソードを楽しそうに語る飯田さん
旅のエピソードを楽しそうに語る飯田さん

 飯田さんには自身の仕事の重要性を認識した旅のエピソードがある。20年前に家族で行ったハワイの地でのこと。宿泊していたコンドミニアムのエレベーターが止まり、家族で2時間以上閉じ込められてしまったそうだ。

 「エレベータの管理会社がなかなか来てくれなくて。旅も台無しになってしまいました。人々が安心で快適な毎日を過ごしていくために、普段あたり前の様に利用している設備を守っていくこと、その大切さに改めて気付きました。」

 自身の仕事の意義を見い出したがために、30年間ただひたすらに仕事に全力で向き合ってきた飯田さん。ここまでキャリアを積む過程で、また現在も会社の重責を担う存在ゆえに、土日といえどもなかなか休めず、得意先との仕事関係の約束で埋まるなど、それだけに疎かにしてしまいがちとなったのが「家族の存在」。そんな飯田さんにとって、旅は家族に対するつぐないの意味も兼ねているのだという。

 最近で想い出深いのは沖縄への家族旅行だそうだ。「あのときばかりは女房と子供の笑顔が最優先でした」と語るように、自身はレンタカーの運転手に徹したのだとか。普段十分にコミュニケーションが取れない娘たちと、かけがえのない時間を過ごしたという。

 「私はあまり旅をしてきてないから」と謙遜気味に話す飯田さんだが、そのエピソードは枚挙に暇がない。幼少期に親戚一同で箱根や伊豆に湯治に行った旅は20人弱の大所帯。同年代のいとこたちが集まり、はしゃぎまわり、夜には叔父さんに怪談話をねだったり。また、大学在学中には仲間と一緒に東北一周の旅に出て、車中で壮大な喧嘩を繰り広げてしまったり。「それでも遠く過ぎ去ってみれば、かけがえのない想い出なんですよね」とは本人の弁。はたまた仕事の仲間との北海道旅行では、美味しいものをたらふく食べながら日頃話し合えないことを夜明け近くまで語り合ったという。

 旅とは「絆の再確認です」
と語る飯田さん。

 「家族でも、会社の仲間でも、得意先の方とでも、旅というのは誰であれ一緒に旅に出たというだけで、それがどんな場所でも一つの想い出を共有し合えるわけで、ある種の一体感を得ることができますよね。旅が終わっても絆が残るといいますか、そこが醍醐味ですよね」
だからこそ空港は重要な場所です、
と言う。

 「旅を楽しいものにしていただくためにも、私たちは空港を利用されるお客様の安全を守っていかなければならない。この点を肝に銘じながら、この先もターミナル管理会社との連携を密にとることで、設備工事会社として、私たち関電工ができることに邁進してまいります」

 羽田空港のインフラは、こうした心意気を持った人たちによって守られている。

株式会社関電工が選んだ 旅する日本語

晏起。子供たちを夫に託し、久しぶりに帰省した。実家の匂いは、母になった私を少女に戻す。さぁ、夜は同窓会。そして、この旅のいちばんの楽しみは・・・朝寝坊。あんき……朝遅く起きること。

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