旅する日本語展2019
旅する日本語展2019

連動インタビュー企画

わたしの旅する日本語

私が旅先で出会った思い出の日本風景は
「心を癒し 活力を与えてくれた 豊かな水辺の風景」です

富士フィルム イメージングシステムズ株式会社
イメージテック事業部 IDシステム営業部 部長
宮本 昭二郎

2019年9月20日


旅は時と密接なもの。写真という記録媒体の仕事に長年携わってきた富士フィルム イメージングシステムズ株式会社 イメージテック事業部IDシステム営業部 部長の宮本昭二郎(みやもと・しょうじろう)さんの旅はその場所を訪れた時代の想い出と深く結びついて記憶されている。宮本さんが旅先で出会った想い出の日本の風景は、海岸線や渓谷、湖などの自然豊かな水辺の景色。
日本各地で見た四季折々の水辺の風景が時代と共に宮本さんの記憶の中に刻まれている。

旅のエピソードを語る宮本さん

宮本さんが旅先として選ぶのは豊かな自然が息づく場所。
「私が旅に求めるのは『非日常』です。都会の喧騒から離れ、海辺や山などの自然の中に身を委ねる非日常さが好きなんです。日常から解放され、癒されること。そんな五感が研ぎ澄まされる感覚を求めて旅をします」
自然の中でも特に水辺が好きだと言う。海では波音を丁寧に耳の中で拾い集め、湖畔ではその静けさに耳を澄ます。やがて「また頑張ろう」と活力が湧くのがいい。会社の新人時代、担当していた長野で度々訪れた戸隠の鏡池、野尻湖、青木湖。そこで感じた静謐さ。宮城に赴任していた時、お気に入りの場所だった七ヶ浜の海から昇る朝日の清々しさ。旅行で行った青森の奥入瀬渓流、山梨の昇仙峡、奥秩父の西沢渓谷の瑞々しい景色。それらはどれも忘れられない風景として、またそれぞれの時代を想起させる想い出と共に記憶されている。

学生の頃、「写ルンです」を持ってよく旅に出た。海外旅行には大量に買い込み、一つひとつの旅の瞬間を切り取るべくシャッターを押し続けた。日常に戻っても旅をなぞり返させてくれる、この素敵な製品を作る会社で働きたいと思い、当時の富士写真フィルム株式会社に入社。以来、28年。会社にとっても激動の時代だった。宮本さんの仕事はフィルムからデジタルカメラ、さらに美容や健康に関わる新事業へと変わっていった。めまぐるしく変わる時代をくぐり抜け、現在、宮本さんはICカードを利用したシステムを提供する部署を取りまとめている。空港、駅、ホテル、観光施設、イベント会場など皆が旅する場所でもセキュリティーのためにICカードは利用されている。日本の旅の安全の一端を担っていると宮本さんは自分の仕事の大切さを自負している。

そんな宮本さんが高校まで暮らした街は富山県北東部にある入善町。北は日本海に面し、南には雄大な北アルプスがそびえている。故郷から出た初めての旅先は両親の故郷、愛媛県の宇和島だった。瀬戸内の海は日本海しか知らなかった少年に非日常に触れる喜びを教えた。「富山から宇和島という長旅は子供には距離があり道のりはしんどかったんです。ところが、四国に入ってから予讃線という海岸沿いを走る列車に乗るんですが、その車窓から見える海が凪いでいて、海の中には島々が浮かんでいる。それまで日本海しか見ていない人間からすると全く趣きが違うんですね。荒々しい日本海とは全く違う海を見て、こんな海があるんだと非常にびっくりしましたし、強く心を揺さぶられたのを覚えています」
これが宮本さんの旅の原体験だ。

40代半ばになった頃、改めて自分の生れ育った富山の入善町を旅した。20年ぶりだった。当時見ていた山並みや日本海が変わらずにそこにあった。子供の頃見た日本海に沈む美しい夕日や冬の荒波、その色褪せた記憶が20年の時を経てもしっかりと重なり合う。入善町こそが自分を育んだ街なのだと改めて気付かされた。「子どもの頃はそれが私にとっての日常だったから気づかなかったけれども、久しぶりに訪れたことで故郷の良さを感じました」
その後、家族を連れて再び訪れた。「子供たちにここで育ったんだよと伝えたくて」

今年の夏、その中学生となった長男を初めて海外旅行に連れて行く。行き先はタイ。今はわざわざ旅などしなくても簡単に見聞を広めることはできる。でも現地に吹く風やその風が運ぶ匂い、そこに住む人々が醸し出す雰囲気、それらは現地を旅することでしか味わえない。五感で感じながら世界を旅するという楽しさを早いうちに体験させてあげたい。今回の旅には宮本さんのそんな親心が込められている。息子と空港から旅立つ日は近い。

旅する日本語 投稿キーワード

「旅する日本語」は上記11スポンサー様のご協力により運営しています

ページの先頭へ